7月1日 午前8時20分 

 俺は結城紅。本州から遠くかけ離れて存在しているこ
の辰ヶ島に住んでいる。村としての名前は桔梗村となっ
ている。都会の方には一度も言ったことはないが、そこ
から来た人に聞いてみると、ここはかなり自然が豊富ら
しい。

 実のところ生まれたときからここに住んでいる俺にと
っては、全くその考えには共感することが出来なかった。

 狭い村ではあるがそんなにチンタラしていては学校に
も遅れてしまう。人が歩くには十分すぎる距離なのだ。
遅刻は避けたいので俺は嫌々ながら長い通学路を歩み始
めた。



 学校に着いてみると、何やら妙に騒がしかった。何が
あったのだろうなどとは微塵も思わずに、この前の席替
えで運よく窓側で後ろから二番目の席という好ポジショ
ンを獲得した俺は、朝から年寄り臭く窓から見える景色
を見続けていた。代わり映えのしない景色に飽き飽きは
しているのだが、特にすることも無いときは常にこうし
ている。どうせ誰かがHRまでの時間を潰してくれる。

「よっ! 紅!」

 俺が登校するよりも前に来ていたと思われる葉月が、
今を朝とは思わせない雰囲気で話しかけてきた。因みに、
俺はいつも楓と名前の方で呼んでいる。つまりフルネー
ムは葉月楓。朝からこんなテンションで俺には話せない
ので、特に返事もせずに俺は景色を眺めていた。

「どうした。何かテンション低くない?」

「何だよ。お前はやけに妙なテンションしてるな。」

「え、何でさ? 転校生の事知らないの?」

 今日の不思議な騒々しさはこれか。一人で納得する。
当たり前といえば当たり前だ。こんな狭い村、島に転校
生ともなればここまでの騒ぎようも不思議じゃない。

 だがどうも腑に落ちない。この村に来るならそれなり
に、ここについての噂を耳にするはずだ。ならばどうし
てこんなところに。この村の「祭」の噂話やらは遠方ま
で行き届いている筈だ。それが分かればこんな所になど
来たくもないだろう。親の止むを得ない仕事とかの都合
でここしかなかったのだろうか。ならその転校生とやら
には深く同情することになる。まぁ、そこまで思ってや
ろうと思うほどの関係を築こうとは思わないが。

「へぇ……転校生ね……。」

 恐らく今日一日はこの転校生のことで話題が持ち切り
になるのだろう。そう思うとこの朝の時間帯より、煩く
なるのだろうと気が少し滅入った。

 転校生の話題に対して全く興味を示していない俺を見
て楓は自分の席へと向かっていった。その横顔には、気
のせいか暗みがかっているという印象を持った。

 すると入れ替わりに各務が俺の方へ向かってきた。

 こいつも楓と同じように俺は信司と名前で呼んでいる。
名字は各務と書いて「かがみ」と呼ばせる変わったもの
だ。どうしてこうも名前で呼び合うのかというと、それ
はこの村の閉鎖的な状況に原因が有る訳だ。なぜなら餓
鬼の頃から今になるまで、ずっと同じメンバーで過ごし
てきたわけだから、自然と名前で呼び合うのが普通とな
る。別に理由にこれ以上もこれ以下もない。

「お前聞いたか? 転校生のこと。」

 信司が言った。またこの話題か。二回目だからまだ飽
きたわけでもない。

「ああ。男か女かは分かってるのか?」

「いや、まだ誰も姿は見てないからな。そこまでは分か
ってねぇよ。」

「それもそうか……。」

「でもまぁ、よくこんなところにのこのこやってくるよ
なぁ。」

 全くだ。俺がその転校生に抱いている興味はその理由
一つだけだった。それが聞ければ後はどうでも良かった。

 死んでしまったって構うものか。



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