7月7日 午後11時35分 

 この重みに耐えられる自信は無かった。

 今までは真正面から、目を背けずに立ち向かってもそ
の重みに潰されない自信はあった。事実、俺はその重み
に耐えることが出来た。だからこそ、今ここである重み
に直面している。

 周りに生い茂る木々までもが俺を潰そうとしているよ
うな錯覚がしてならなかった。それほどまでに、俺に圧
し掛かってくる「それ」はとてつもなく、重量感があっ
た。だがこの表現は正しくない。実際俺は「それ」に立
ち向かおうとなどしていないのだから。だから俺に重み
は無かった。むしろ軽々しいくらいだ。

 つまり俺はそれに立ち向かうことによって訪れる重み
に恐怖しているのだ。今まで体験などしたことも無い、
「それ」に。一回でも「それ」と目を合わせてしまえば
俺はどうなってしまうのか。想像など、したくもなかっ
た。

 別の空気を吸おうと周りを見渡す。もうこんな時間な
のだから目に映る景色に色合いなど殆ど存在していなか
った。周りを埋めつくすのは漆黒。そしておぼろげに見
えてくる木々の暗緑色だった。

 下を見れば―――どす黒い赤。これをもはや何かとし
て認識するのはやめておいた。ただ、わずかな光が反射
し目に映っているだけなのだ。たまたまその色がこの色
であっただけ。特に関心も持たないようにした。

 今、何時だろう。正確な時間を知ろうと左腕につけた
腕時計を見る。もうこんな時間だったのか。

 急がないと奴等が俺を狩りに来る。神社から俺の家ま
ではざっと10分。奴等は7月8日になると同時に俺を
殺さなければならない。つまり俺が抵抗することも考え
に入れて行動をするのならばもう動き出さなければなら
ない時間だ。

 早くこの場所から離れて家に帰らなければならない。
徐々に込み上げてくる吐き気を堪えながら俺はその場を
立ち去ろうとした。しかし、まだ払い切れていない足の
震えのせいで歩き出すことのできない自分に焦りが募っ
ていった。

「はぁー……」

 息を吐き出し、呼吸を整え、足を踏み出す。こんな場
所に居るのはもう御免だ。酷いくらいの血生臭さと激し
い心臓の高鳴りのせいで、普段の呼吸すらままならなか
った。自分がこうやって辺りにぶちまけたというのに、
それに自分自身がいらついているかと思うと、奇妙な矛
盾を覚える。

 それも当たり前だ。命を奪ったのだから平常心で居ら
れる方が逆におかしいというものだ。さて、もう帰ろう。
今宵死ねるのは一人までだ。すなわち俺の命は8月8日
の「祭」まで保障されたということになる。だから焦る
必要もない。だから今日は帰ってすぐ寝よう。明日から
はこの村と本当の戦いが始まる。

 俺が家に帰ろうと足を一歩踏出した時――。

「やったんだね。」

 もう聞き慣れた声だった。彼女の方を振り返る。いつ
からそこにいたのだろう。ここ最近のことを思い出す。
そういえば彼女がきっかけだったのだろうか。



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