7月4日 午後4時30分 其の弐 

「貴方も大変ね。色々と」

 一瞬見えた彼女の微笑はすぐに消え去った。この雰囲
気はどことなく葵と同じものを感じるような気がするが、
似て非なるもの。全く違う。

 何故なら彼女から漂うものは、葵からするような狂気
めいたものではなく、それらしくない艶めかしさが存在
するものだからだ。それに加えて存在している不思議な
知的さ。どちらも常人の出すものではない。少なくとも
この村には存在していないのだ。彼女以外に。

「まぁな。分かってるなら助けて欲しいくらいだな」

「それが出来ないことぐらい、分かってるでしょう?」

「ふん……」

 やっぱりこいつは苦手だ。とっとと用件を伝えて帰ろ
う。ん? 待て。俺がまだ用件を伝えていないのに何で
こいつはここにいるんだ? ま、それは特に不自然なも
のではないから構わないのだけれど。

「そういえばお前に言伝だ」

「分かってるわ。父親でしょ?」

 といって、彩音はひらりと白い紙を見せてくれた。そ
こには俺が彩音に伝えるべきことと同じことが書いてあ
った。なんだよ。先に自分で伝えてあったんじゃないか。
まぁ、それでも俺に頼んだということは、来るのが遅い
ため言伝が伝わってるのか不安になったのだろう。

「なんだ。そっちにもう伝わってたのかよ」

「骨折り損といったところかしら? でも帰る途中に出
会えたのだから良かったじゃない」

「そうだな……」

 こいつと話してると普通の会話でも疲れてくる。とっ
とと帰ろう。

「用はそれだけだ。じゃあな」

 彼女の横を通り過ぎようとする俺。すると。

「待って。私は貴方に伝えておきたい事があるのよ」

 何なんだよこいつは。

「何だよ?」

「楓さん、貴方に話しがあるそうよ? 行ってあげたら?」

 楓だと? それは重要なことかもしれない。時間は無
駄には出来ない。出来るだけ早く言って話を聞かなけれ
ば。電話では事足りないような事なのだろう。

「楓? 場所はどこだ」

「家じゃない? よくは分からないわ」

「分かった。ありがとう」

 といって、その場を後にしょうとする。だが不意に思
い出した九条の存在。そういえば彩音と九条には俺より
も深い繋がりがあった筈だ。九条のことを聞いておこう。

「そういえば……九条から何か聞いてないか?」

 しばし沈黙が流れる。それは何かあったことを示すも
のなのか、それとも――。

「いえ――、何も」

 敢えてここでは追求しないでおこうと思った。いくら
苦手であっても、何も関係のない彩音を追い詰めるよう
なことはあまりしたくないし、今は時間もあまりないか
らだ。

「そうか、ありがとうな。じゃあな」

「ええ。さようなら」

 別れの言葉を残し、俺は少し遠くはなれた楓の家へと
向かった。まだこの季節――、この時間、日は沈む気配
を見せてはいない。



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