7月4日 午後4時30分 其の壱 

 下り坂を下り終えた時に、腕時計で知った時刻は既に
四時半だった。つまり葵に出会ってから、またここに帰
ってくるまでに三十分かかったということだ。短いのか
長いのかはよく分からない。

 しかし葵からは大分有力な情報が聞けた。まず、「祭」
の実行者は、あの穂積神社から出発すること。そして実
行者は、誰が誰だかわからないように面をつけているこ
と。その面のせいからか、この村の裏の界隈では天狗な
どといった呼び方もされているらしい。だからこそなの
だろうか、そんなことは一度も聞いたことがなかった。

 流石は桔梗村とでも言うべきなのだろうか。情報の機
密性は非常に高い。これでは、この村にいる俺にだって
独学では限界がある。なのにそれを葵はやってのけた。

 何故か彼女は俺が知っている情報以外の、もっと細か
いものを知っていた。この村にはいなかったはずなのに
何故? 俺達が思っている程度に比べて、この村の外で
はそういった情報が蔓延しているのか? 確かめようも
ない。それに、今はそこまで関係ない事だ。

 他にもいくつか使えるものがあった。これは俺の作戦
を大いに助けるものでもある。

 いつかは忘れたらしいが。とある「祭」の日に対象者
とは別の人物が誤って死んでしまったらしいのだ。しか
もその時刻は「祭」が終了すると同時の時刻。

 葵が言うには対象者を助けるために、身内が実行者に
襲い掛かったらしい。しかしそれもあえなく失敗。どう
しても助けたいと思ったその人物は、対象者の命が断た
れる直前、舌を噛み切って死んだらしいのだ。その顔は
まるで鬼のように怒りに満ちた形相でもあり、この世の
ものとは思えないほどの悲しみに満ちた顔をしていたと
いう。自分の身になって考えようとは、思わなかった。

 それで対象者は助かったものの、しばらくして殺され
てしまったらしい。全く悲しい事実だ。そんなこともあ
ったとは。

 それなのに今でも「祭」が止まらないのは何かしらの
仕組みが存在するのだろう。それは俺が生き延びたらす
ぐにでも見つけ出してやる。

 だが、この事実によって「祭」の日はどうあろうと一
人しか死ねないという事に裏づけがついた。これで俺も
自信をもって行動できる。これは大きい。

 大体ここまでの情報で何とかなるだろう。「祭」の日
は誰も出歩かないというのが暗黙の了解、いや、出歩け
ないのだ。だからこそ人目をはばからずに行動できると
いうのもある。これを利用しない手はない。

 後は裏切り者を見つけるのみ。今は俺をうまく騙し切
っている様だが、最後には必ず見つけ出してやる。例え、
それが誰であろうとも。

 結局穂積の方にも会わないで家に着きそうだ。妙な面
倒を被らなくても済んだな、と安心しきっていたら。

 分かれた道に見える人影。まだ日は昇っているせいか、
はっきりとそれは見てとれた。穂積――彩音だ。

 制服ではなく黒のワンピースを着た私服だ。やはり黒
一色か。どこまで黒好きな女なんだ。

 さて、どうしようか。頼まれ事をこなしておこうか。
ここはそうしておこう。

 彩音が神社で穂積さんにあったらそれで終わりだ。し
っかりやっておこう。

 少し歩を早め彩音に近づく。そして声をかけ――、

「あら、結城」

 俺が話しかけようとした直前で、不覚にも彩音に先に
口を開かせてしまった。その黒い長髪が風でそっと揺れ
る。それを手で払いのけて彼女は続けた。



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