「はぁ……、はぁ」
「大丈夫か?」
「あ、うん。ありがとう……」
少しは落ち着いたような気もするが、声は途切れ途切
れだ。もう少し待ったほうがいいのだろうか。
「喋れるか?」
「……うん」
楓は下げていた頭をようやく起こし、立っている状態
を維持することが出来るようになった。呼吸は落ち着い
ているものの、顔はまだ赤みがかっている。
「もう家もすぐそこだし中で話さないか?」
「……そ、そうだね。そうし、ようか」
どうせ俺は楓の家で話すつもりだったので、ここでは
その目的を果たさせてもらうことにした。ここまで来さ
せたのだから、今更帰される事も無いだろう。
「どう、しても……?」
「え?」
「どうしても……なの……?」
楓が俺に返したのは意外な返事だった。そのせいか俺
も一瞬聞きそびれたのだ。
「どうしてもって、じゃあどこに行くんだよ?」
「ん……そうだったね。ごめん」
「いや、謝る事でもないけど……」
あまりいい空気ではなくなってしまった。まぁ、それ
はいいとしても、何故楓は俺を拒んだのだろう。さっき
から俺の頭の中には疑問しかない。
そもそも今日の楓の行動はどこか正常ではないような
気がする。道理をはずしているのだ。だからそこに疑問
や謎が生まれる。一体楓は何をしようとしている? 何
がしたい?
「じゃあ、私の家に入ろうか」
「あぁ……」
楓はまた、学校で見せるあの明るい楓からは想像も出
来ないような雰囲気をまとっている。しかしそれは前に
見たようなものではなかった。それは見たものを不安に
させたり恐怖させるものではなく、むしろ自分自身を恐
れているような気持ちにさせるもののような気がした。
しかしそれも一瞬だった。歩き始めた楓はいつものそ
れであり何も変わらない普遍性を感じさせた。それに俺
も安心する。日常は歪んでも、楓は歪んでいないことに。
凛としたものを感じさせる彼女のまとったものは、これ
からの覚悟を感じさせる様でもあった。
だが、楓が俺の横を通り過ぎるときに見えた一瞬の表情
は、口元だけの笑みであった。