7月4日 午後4時45分 其の弐 

「はぁ……、はぁ」

「大丈夫か?」

「あ、うん。ありがとう……」

 少しは落ち着いたような気もするが、声は途切れ途切
れだ。もう少し待ったほうがいいのだろうか。

「喋れるか?」

「……うん」

 楓は下げていた頭をようやく起こし、立っている状態
を維持することが出来るようになった。呼吸は落ち着い
ているものの、顔はまだ赤みがかっている。

「もう家もすぐそこだし中で話さないか?」

「……そ、そうだね。そうし、ようか」

 どうせ俺は楓の家で話すつもりだったので、ここでは
その目的を果たさせてもらうことにした。ここまで来さ
せたのだから、今更帰される事も無いだろう。

「どう、しても……?」

「え?」

「どうしても……なの……?」

 楓が俺に返したのは意外な返事だった。そのせいか俺
も一瞬聞きそびれたのだ。

「どうしてもって、じゃあどこに行くんだよ?」

「ん……そうだったね。ごめん」

「いや、謝る事でもないけど……」

 あまりいい空気ではなくなってしまった。まぁ、それ
はいいとしても、何故楓は俺を拒んだのだろう。さっき
から俺の頭の中には疑問しかない。

 そもそも今日の楓の行動はどこか正常ではないような
気がする。道理をはずしているのだ。だからそこに疑問
や謎が生まれる。一体楓は何をしようとしている? 何
がしたい?

「じゃあ、私の家に入ろうか」

「あぁ……」

 楓はまた、学校で見せるあの明るい楓からは想像も出
来ないような雰囲気をまとっている。しかしそれは前に
見たようなものではなかった。それは見たものを不安に
させたり恐怖させるものではなく、むしろ自分自身を恐
れているような気持ちにさせるもののような気がした。

 しかしそれも一瞬だった。歩き始めた楓はいつものそ
れであり何も変わらない普遍性を感じさせた。それに俺
も安心する。日常は歪んでも、楓は歪んでいないことに。
凛としたものを感じさせる彼女のまとったものは、これ
からの覚悟を感じさせる様でもあった。

 だが、楓が俺の横を通り過ぎるときに見えた一瞬の表情
は、口元だけの笑みであった。



入り口へ
其の壱へ
15分後へ