リビングに飾られている時計を見てみると既に五時半
を過ぎていた。楓の家に着いてからもう三十分以上が経
とうとしているということだ。
結構重ための話をしていたため、時間が過ぎるのを早
く感じていたが実際のところそうでもないようだった。
窓から村の変わらない景色を見ると、夕暮れ色に染ま
った木々は本来の自然色とはまた違った趣を見せていた。
八月に入ればこの時間帯ではまだ日は傾きすらしない
のだろう。今までの記憶から予想を組み立ててみた。
無論、確証もないし俺が確かめられる可能性も今では
低い。俺はその低い可能性に賭けてはいるのだけれど。
中々難しい。
「紅。聞いてる?」
「ん。あぁ、悪い」
俺の思っていた通り、皆の疑惑は葵へと集中している
ようだった。大体葵も葵だ。この状況で真っ先に疑われ
るのは自分だということは分かり切っている筈なのに、
どうして思わせぶりな雰囲気で居るのだろう。
それが何かしらの意味を持つとするのならば、それは
葵が犯人である事を指し示すものに他ならない。
疑わしきは罰せずか、罰せよ、か。今の所答えは出せ
そうにない。
「紅自身はどう思ってるのさ? 決めるのはあんたなん
だよ?」
「俺は……」
まだ口に出して伝えられるほど考えはまとまっていな
かった。何よりも確信に至れる情報がないのが辛かった。
もし、このまま「祭」の日を向かえた時、俺は果たして
手を染める事が出来るのだろうか。
「俺には、まだ……」
楓を見て言った。彼女はため息を吐きながらやれやれ
といった様子で俺を見た。先程までの俺だったら何を思
ったのだろう。今は不思議と何も感じなかった。ただ、
心の底から絶望していた。
「今日はもう帰って休んだ方がいいかもね。ここまで走
らせちゃったようだし」
それもそうだった。疲れているのかもしれない。葵と
話し、その後走ってここまで来てこれだ。気疲れしない
方がおかしいというものだ。
「そうさせてもらう……」
かなり調子の下がったトーンで言ったのだろうか、楓
が心配そうな顔つきでこちらを見ている。笑顔、は作れ
そうになかった。
立ち上がり机の上を見てみた。結局出されたお茶等は
全く手付かずの状態でそこにあった。もらっておいて飲
まないわけにもいかないので、口はあまり渇いていない
がぐいっと、一口で飲み干した。
「そんな、無理しなくても」
飽きれたような笑い顔で楓がいった。微量でも明るい
ものが与えられればそれで良かった。
「はは。じゃあ今日はこれで」
笑いを交えながら別れの言葉を告げた。
「うん。明日また学校で」
明日また学校で。その一言が何故か俺に重く圧し掛か
った。入ってきたときは明るいと思っていたこの家の配
色も、今では霞んで見えた。とっととここを出て外の空
気を吸いたいと、そう思った。
「じゃあな」
「じゃあね」
最後に確認するように互いに形式的な挨拶を終えると、
玄関の扉が俺と彼女を隔てた。
空気は不思議と澄んでいて心地よい。深呼吸して、体
の中の悪そうなものを吐き出し、澄んだ空気を取りこも
うとしてみる。成功したかどうかも分からない。
この状態から俺の家まで帰ると思うと、どっと足が重
くなった。帰ったらどんな状態になっているのだろう。
もう場所を決めに歩き回る事など出来そうもなかった。
ざあっと、風が吹き抜けた。木々が存在してない場所
だからか、よくは分からないが風が全身を包み込んだよ
うな気がした。心地よい。疲れを癒すには中々のもので
あった。だからといってここにずっと居るわけにもいか
ない。疲れを癒すならやはり我が家が一番だ。
そう思えば重い足も軽やかに動く。そんな気がするだ
ろう。もう、しばらく訪れる事がないであろう楓の家を
背中に、俺は足を踏み出した。