7月1日 午前4時20分 
 

俺の住んでいる家の隣にはもう一つ家がある。いつから
かはよく覚えていないがそこに住んでいた住人はいつし
かの「祭」の後いなくなった。

そんなことはどうでもいい。一昨日かもう少し前からか、
その家には人の住む気配がしていた。

もう元々の住人はいないのに人が住み着く。その可能性
は一つしか有り得なかった。

別の場所からの転入者。

その条件に当てはまるのはここ最近ではただ一人。神埼
葵。彼女が自分の家の隣に家を持っているとは運が良か
った。協力関係になったとき連絡がとりやすくなる。

彼女にあったらまずどこから話せばいいのだろう。既に
葵は「祭」の事はほぼ知っている。ならば最初から本題
に入ってしまっても理解できるだろう。

ただ、怖い。葵がもし俺の理屈に反して協力関係に持ち
込めなければ俺は死ぬ可能性だって十分ある。高すぎる
リスクだ。しかし今更ここでは引けない。

今まで一度も俺との関係が親しかったものは誰一人とし
て「祭」の対象者に選ばれたことはなかった。

つまり俺はこの狭狂気じみた村に居ても直接的な死を体
感していなかったことになる。俺はこんな所で異常な死
の体感というものをしたくはない。

それに救えるのが自分だけで、もしそれを見殺しにして
葵が死んだということになるのならそれ程後味の悪いも
のもない、という理由もあった。

自分自身に様々な理由をぶつけもう一度これからのこと
を見据えた後俺はチャイムを鳴らした。

ドアが開く。心臓の鼓動が頭にまでガンガン響いてくる
ようなそんな感じになった。落ち着け。これから大事な
交渉だ。ここで失敗すればこの状態が死ぬまで延々と続
きそうだった。

「えっ…紅君…?どうしたの?」

「えっと…その…」

言葉がうまく出てこない。失敗した。家も分かったのだ
から予め言うことをまとめておけばよかった。しかしも
う後悔しても遅い。アドリブで何とかしなければならな
い。

「『祭』の事で話し忘れたことがあったんだよ…だから
それをもう一度話しに…」

少々自分でも焦っている様が自覚できてしまったがアド
リブとしては上々だろう。多分・・・。

「そうなの?それでわざわざ…。…家はまだ越してきた
ばかりで散らかってるけどいい?」

「ああ、構わない。悪いな」

家の中に入れてもらえるとは好都合だ。今からする話は
立ち話でするようなことじゃないということが葵に伝わ
ったのだろう。きっと。

家の中は先ほどの言葉が謙遜ではないことを十分に理解
させてくれた。恐らく越してきたばかりの家は大体こん
なものだろう。だがこの雰囲気に合う騒々しさが足りな
かったような気がした。

ふと一つ気になる。本当の意味で家に一人なのだろうか?

「兄弟とかは…いないのか…?」

「あ…うん。だからまだ片付いてないんだけどね」

葵は少し笑ってみせた。俺は少し心が痛んだ。

少しの廊下を出ると俺の家より広めのリビングに出た。
この家はこんな風になっていたのか…。

「お茶でも用意するからそこに座っててよ」

「あ、いや…いいよ…!」

今はそういう話をしに来たわけではない。だから…。

「そう?じゃあ…」

意外にあっさりと葵は俺の言うことを聞いた。普通なら
もう少し躊躇するところだが。そんな日常的な考えをし
ているところを葵は制した。

「聞かせてもらおうかな。『祭』の事……」

心が動く。口に出そうとするもそれは一向に俺からは出
なかった。葵には聞こえていないだろう何も。だが俺に
は自分自身の鼓動が直に響いていた…。

「どうしたのかな?何か話しに来たんでしょ?ねぇ」

「………」

どこから話せばいい?落ち着け冷静になれ。今日の事象
を整理しろ。そうすれば情報の取捨選択が出来る。

「ちょっと待ってくれ…その、色々とあるんだよ」

「ふぅん…。」

こいつとはあってまだ半日も経っていないだろう。しか
しこいつが時折見せる気味の悪さはこの村に存在する狂
気じみた雰囲気より何かを感じさせる。

やはり係わり合いにならない方が良かったのか?いや、
俺は知りたい。こいつの心の奥底を。恐らくこいつは誰
にも本当の自分を見せてはいないだろう…。

と、とりあえず部活のことから話そう。

俺はこれから彼女に嘘をついたことを告白する。自らの
口で。さっきから分かりきっていることだが鼓動がうる
さい。

嘘をついたことを彼女はどう思うんだ?あらゆることを
無意識に想定してしまう。

目の前を見て見る。彼女の視線は俺を捕らえて放さない。

全て掴んでいるぞ

目がそう物語って来る気がしてくる。それは、恐怖の証
拠。今更何を躊躇している。覚悟を決めろ。結城紅!

「あのさ…。今日の部活っていうの…あれ、嘘なんだよ。」

「嘘…。嘘…?何で嘘をついたの?」

「それを今から話すんだよ…。聞いてくれ。頼む。」

そうだ今からその理由を話すためにここに来たんだ。今
更何もいわずには帰れない…。

「今月の『祭』は7月だから7月7日。つまり6日後だ
というのは分かるよな?」

「うん。それは教えてもらったね。」

「結論から言うとお前は…6日後殺される予定の人物な
んだ…。」

言ってしまった。もはや後戻りは出来ない。後はここか
らどうやって俺の味方につけるかが問題となる。失敗な
どは許されない。絶対遂行が絶対条件。

そんなことを考えながら葵の顔を見ると困惑したような
驚いたようなきょとんとした、そんな顔だった。だがち
らりと納得したような顔が見えた。やはり分かっていた
のか…?

「やっぱり…余所者のわたしからかぁ…。そうだよね。
それで?つまり?」

急に口調が問い詰めるような形に変わった。ここで臆せ
ば失敗に繋がる。それだけは避けたかった。巧みにこち
ら側に引き込むように誘導をしなければならない。

「今日の放課後は部活のミーティングなどしていなかっ
た。なぜなら俺たちは『祭』最終決定を今日の放課後、
教室でしていたんだ。」

「…………」

暫く無言が続いたような気がした。これは俺が肩の荷を
降ろせたことから来る錯覚か?だが、そんなことは関係
ない。口やら喉がからからになってきていた。お茶は遠
慮するべきではなかった。

「……この村では裏切り者は殺される。なら何故俺がこ
のことをお前に話したか分かるか?」

「あなたのまわりには味方がいない。」

即答だ。理解力があってくれて助かった。それにこいつ
にはこの村には存在しない何かがある。しかしこうも言
いあてたのに彼女の表情は少しも緩まなかった。

「分かってくれるか…?俺は…この村を…」

「―――――――。」

「え?」

「別にいいよわたしは。」

そんなに身構えてするような話でもなかったのか?どう
してこうも簡単に。確かに結果的にこの状態に持ち込ま
せる自身はあった。手段、いや手段を絞っても手など何
通りもの方法がある。勿論かなり緊張はしていた。だが
それを踏まえてもだ。…まぁ自発的にこの状態に持ち込
んでくれた事に越したことはない。

「あ…ありがとう…。でも何で…そんな簡単に?」

「だってこんな体験一生に一度くらいしかないんじゃな
いかなぁと思って」

彼女はにたりと笑って言った。

あまりにもあっさりと、俺の任務は終わった。不思議に
思えるくらいに。



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