7月1日 午前8時30分 

 HRまでの暇な時間もあっという間に過ぎ、ようやく転
校生がこのクラスに紹介されることとなった。

 クラス、といってもこんな小さな村には村人も千人強。
その内子供が百人近く(割合的には多いのか?)しか
居ないため、クラスも一学年一クラスだった。

「皆も知っていると思うが、今日転入生がこの学校に入
ることになった。」

 そういやこちらの立場から言うと、転入生だったな…
…。

「入ってきてくれ。」

 いつのまにか自分も、席から遠い入り口から入ってく
る転入生のことを見ようとしていた。最初に見えたのは、
靡くスカートだった。どうやら女子のようだ。彼女がこ
の村で悲惨な死を遂げるのかと思うと、心が抉られる様
な思いだった。何故そんな事を思ったのかは分からない。

「神崎葵といいます。よろしくお願いします。」

 なでてみたくなるような丸みを帯びた顔をしていた。
茶色がかった髪の毛に映える黄色の髪留めが、煌びやか
な光沢を纏っていた。俺と同じく、髪は向かって左側で
分けていた。髪の長さは一瞬見ただけでも分かるショー
トヘアーだ。このすっきりとまとまった感じは、俺にと
って好印象だった。

「席はどうしようか……。そうだな、結城、神崎と一
緒に机と椅子運んで来い。」

 いつも紅と名前で呼ばれているので苗字で呼ばれると
咄嗟に反応出来なかった。  断る理由もないしそもそも
断れば面倒なことになりかねないのでしぶしぶ了承した。

 それに、これはこの転校生と二人きりになれる機会を
得た訳であり、つまるところ先に自分がしたい会話がで
きるということだ。教室に戻ってからでは彼女は質問攻
めに会い、一々答えることもままならないだろう。


 結局、先に話しかけていたのはやはり俺の方だった。

「なあ、神崎ってどうしてここに越して来たんだ?」

「え?」

 前振りのない会話に全く耳を傾けていなかったらしい、
俺がもう一度繰り返すと彼女は「ああ」と、質問が分か
ったかのような声音で俺の質問に答えてくれた。

「この村の噂を聞いて調べたらとても興味深くて、実際
に来てみたくなっちゃったからかな?」

「来てみたくって……親の都合とかじゃないのか……?」

「違うよ。わたしに両親はいないから。」

「えっ……?」

 どうやらまずい話をしてしまった気がする。この会話
から読み取れることは、彼女を守るものは何一つないと
いうことだ。だからか、何故この村のことを調べようか
と思ったことに疑問を抱いたが、敢えて聞かないことに
した。

「別にそんなに深刻そうな顔しなくてもいいよ。いなく
なったのは結構小さかった頃だし……。」

「あ。あぁ……。」

「ふふっ。」

 彼女は妙な含み笑いをして会話を終えた。確か余った
椅子と机は、二階の空いた教室にあるはずだ。全く、何
故校舎は木で出来ているほど古いのにしっかり四階まで
あるんだ、と今更ながらに不便に感じた。

「なぁ、どうしてこんな村に興味なんか持つんだ?似た
ような村なら幾らでもあるだろ?」

「うん……特にこの村のお祭りに興味が湧いたからかな?」

 お祭り? そんなこの村独自の祭りなんてあっただろ
うか? 必死に思考を正常にして考える。

「この村にそんな変わった祭りなんてあったかな……?」

「皆噂してるよ。この村は島になって孤立してるからあ
まり噂が流れてこないんだね」

「な…何て……?」

 彼女はまた笑っているだけで答えはしない。全て掴ん
でいるぞというような顔でこちらを笑顔で見つめている。

「何だよ……なんて言われてんだよ!?」

 口調は強めだが焦っていることを悟られないようにす
るのが精一杯だった。――人殺しの村? 今確かにそう
言った。

「はっ……何言ってんのお前……?」

「毎月一人ずつ……でしょ……?」

 確信する。こいつは全部知っているんだ。ならばどう
してこんなところに来るのだ。興味本位で、殺されに来
たのか……?

「ふふ……」

 俺はもはや彼女に何も言うことはできなかった。さっ
きから鼓動が早くなっている。心を落ち着かせてからも
う一度思考する。

 落ち着いて考えてみれば「祭」のことは、この村の人
物もそれ以外の周りの人物にも承知の事実だった。つま
りこの時点で焦る必要全くはないのだ。しかし知られて
はいけないのは既に彼女が今月の「祭」の対象にされて
いるということだ。

 まだ確定してるわけではないがほぼ決まっていること
だろう。と、なると問題になるのは、彼女が「祭」のル
ールをどこまで知っているかということになる。

 最悪、知られてはいけないのは対象の選び方だ。それ
以外は幾ら知られたところでどうにもならない。

 しかし自分が対象にされていると気づかれてしまえば、
それは対象に抵抗の猶予が与えられてしまうことになる。

 そうして「祭」が失敗してしまうことが一番の問題な
のだ。俺は落ち着いて会話を続けた。

「よ、よく、知ってるんだな」

「うん。随分と調べたからね。出来れば『祭』の事詳し
く教えて欲しいな」

「聞いて気分のいいもんじゃないぞ?」

「いいの、知りたいだけだから」

 さっき見せた笑顔とはまた別の意味を含んでいるよう
な笑みを彼女はしてみせた。

「まぁ……別にいいけど」

 人選の基準さえ知られなければどうということはない。
もう聞きたいことは聞いた。適当に済まして縁を切るの
が得策だろう。俺から何か漏れれば大事になるかもしれ
ない。

「ふふっ。ありがとう。えーと名前は何で言うのかな?」

「えっと……結城」

「違うよ。下の名前」

「名前? 紅だけど……何で?」

「これから仲良くしていくんだし名前で呼び合った方が
親近感が湧くと思わない? だからわたしの事は葵って
呼んで欲しいな」

 いつから仲良くするのかが決まったのかは知らないが
別にたったの七日間だ。構いはしない。

「で……わたしの机と椅子はどこの部屋にあるのかな?」

 いつの間にか俺たちは一階まで降りていた。



入り口へ
10分前へ
3時間50分後へ