7月2日 午後3時20分 其の弐 

 教室は先程とは違う異様な雰囲気に包まれた。恐らく、
内面では賛同し、表では裏切り者を軽蔑するという自分
の二つの体裁に、ジレンマを感じているものが多いから
だろう。つまり俺たちの課題は、その感情の内の一つを
消し去ってやり、皆を味方につけること。それが至上目
的。

 暫くは沈黙が続くと俺も、予め予想はしていた。しか
し、誰もが最初の一言を他人に任せようとしている。そ
のおかげで俺が思っていたよりも、この教室の沈黙は長
く続いていた。

 この押しつぶされてしまいそうな重圧、空気、雰囲気、
これに似たものを俺は昨日にも体験していた。しかし昨
日のそれと、今日のそれでは比べることなど出来ない。
複数と複数、一対一では掛かってくる重みが全く違うの
だ。だからこそこんなプレッシャーに屈する訳にはいか
ない。

「皆……俺が言いたいことは分かるはずだ。協力して欲
しい。俺たちには、助けが必要なんだ!」

 誰も口を開こうとはしなかった。俺でさえ二の句を告
ぐことを躊躇われた。もう、後は待つしかないのか……。

「……お。」

 一瞬声が聞こえる。そして、空気がはじけたように、
皆がそこに全てを向ける。当の本人は一瞬驚いたように
見えたが、おもむろに立ち上がり、口を開く。

「お前ら……本当にそんなことしようとしてるのか……?」

 それは、俺たちの覚悟を確かめるものなのか、俺たち
の正気を確かめるものなのかは定かではなかったが、答
えは初めから一つしかなかった。

「そうだ。俺たちは本気だ。こんな村潰してやるよ。」

 今まで大勢を相手にしていたから気にしていなかった
が、今対話したのは幼い頃から知り合っていた、九条徹
だった。第一印象はオドオドしていたような感じだった
が、段々としっかりとしている一面を見せ、俺も地味に
一目置いていた存在だった。それを知ってからか、こい
つは俺に無いものを持っている。そう思うようになった。

「だったら……俺は手伝うよ。何か出来ることがあるなら……。」

 やった……。俺は歓喜のあまり、叫びそうになってし
まったが、慌てて堪えて冷静さを保った。しかし、この
張り詰めた空気の中で、彼の発言は大いに力を持つもの
となるだろう。それがたとえ誰のものであろうとも。

 今のこの発言をきっかけに、二つの感情の境界線に立
っていたものが足を踏出すだろう。そしてこの教室は徐
々に、俺たちの方に傾いてくる。もうこうなれば時間の
問題だ。

「九条……!」

 俺は堪えていた感嘆の言葉を口にしていた。そして皆
も俺も、明らかにこの教室の何かが変わっていくことに
気がついた。そして皆が徐々に口を開いていく。

「じゃ、じゃあ……俺も……!」

「あたしも何か……!」

 そんな賛同の声が他の声と混じりながら聞こえてくる。
それが高まり収まる頃には、この教室を覆っていた何か
は、既に消え去っていた。代わりに、皆の固い結束が生
まれたのだ。

「皆……!」

 やはりか、やはりそうなのだ。誰かがきっかけを与え
れば、人間なんて簡単に動き出すのだ。だがそのきっか
けが難しい。誤れば誰も動かないのだ。しかし俺は誤ら
なかった。だから、今まで動き出さなかった人間が、こ
の村が、動き出そうとしている。そうだ、所詮こんなも
の。「祭」が消え去るのもそう遠くはない。いつの日ま
でか、そう思っていた。



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