7月3日 午後3時30分 其の壱 

 昼休みに信司から話を聞いてから今まで、俺は本当の
意味で頭を空っぽにしていたと思う。空っぽという言い
方は正しくはない、か。つまり何も考えていなかったと
いうこと、いや考えようとすらしていなかったのだ。そ
んな状態で学生の義務である勉学が身につくはずも無く、
今までの授業の内容を俺はさっぱり覚えていない。俺は
一体何をしていたのだろうか。今でも思い出せない。

 既に授業も終わり、とりあえず帰りのHRも終わった。
なのに何故か俺は誰もいなくなるまでこの教室に残って
いた。座ったまま帰る生徒達を眺めるのは、新鮮なもの
があった。ただ、信司や楓は心配そうな顔でこちらを見
ていたようだったが、俺はあえて知らないふりをした。
そして葵は――、葵?

 どこへ行ったのだろう。いや、いつの間にいなくなっ
たのだろう。先程までは俺の後ろに気配を漂わせていた
はずなのに、それは今ではもう無い。帰ってしまったの
だろうか。俺はようやく席から立ち上がり彼女を探し始
める。

 もし彼女が帰ってしまっていたらこの行為に意味はな
いのだが、何故か俺はそうしていられなかった。

 そこまで長くない廊下を見渡す。まだ日は昇っている
せいか、明かりのない廊下はおぼろげに明るい。隣の教
室にいる気配も無かった。やはり帰ってしまったのだろ
うな。そろそろ俺も、と教室に鞄を取りに戻る。

「……葵」

 彼女はいつの間にか教室に佇んでいた。何故か自分の
席ではなく、俺の席で。頬杖をしてこちらを見ている。
まるで来ることがわかっていたかのようだ。

「どうしたの? わたしを探してたんでしょ?」

「あ、あぁ……」

 それはそうだったのだが、いざ心の準備もなしに突然
見つけてしまうと、話すべきことが見つからなかった。
意味もなく彼女にたじろいでしまう。

「……『祭』の事はどうするの? もう四日しかないの
に」

 唐突に彼女が切り出した。

「それは……」

「どうやってあなたを陥れた人を探すつもりなの? 何
か手段はあるの?」

 葵は先程の状態のまま、さながら機関銃のように、俺
に質問を浴びせる。それは詰問のようにも聞こえた。

「そんなに心配することでもないさ……。俺を舐めんな
よ」

 強がって見せてみるものの、犯人を見つける方法はこ
れといって全く考えていなかった。

「本当に? ここであなたに消えてしまわれてはわたし
が困るの」

 彼女もこの想定外の状況に、相当切羽詰っているらし
い。その必死さが声にも現れていた。確かに、俺がここ
で消えてしまえば次の対象者は、勿論葵になるだろう。
だからこそ、ここで俺が消えてしまうようなことは、俺
のためにも葵のためにも、あってはならないのだ。

 だからこそ考えるべきはその回避方法。だが、それは
既に問題ない。問題があるとすれば誰が俺を陥れたか、
ということになる。そして、それを見つけ出す方法だ。

「わかってる。だからこそ、全員で協力するべきなんだ」

 そうだ。このための仲間たちなのだ。

「わかってない。あなたは何をしようとしているの? 
具体的な方法なんて本当は考えてないんでしょう? あ
なたはもう少し自分に危機感を覚えた方がいい」

 あまりにも度を過ぎた発言だと、俺はそう思った。本
来ならお前が対象者だったのに、ここまで言われる謂れ
などない。

 勿論、きまぐれで「祭」を止めようとした俺自身にも、
責任はあるだろう。しかし、本来なら変わり身となった
俺に感謝するべきの葵がなぜ、ここまで俺を責め立てら
れよう?

 一瞬だった。ここまで思い立ったのは。感情ではない。
これは衝動となり、

「てめぇッ……!」

 思わず俺は閑散とした教室に声を張り上げ、息を荒げ、
そして自分のすぐ近くにあった手ごろな椅子を蹴り飛ば
していた、ようだ。椅子がすぐそばに転がっている。

「……!」

 だが暴走した衝動はすぐに消えた。それは、流石に驚
いている葵を見たからなのか、ただ自分の暴走に気づい
たからなのか、どちらともいえなかった。ただ、彼女の
その顔からは何も読み取れなかった。



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