7月3日 午後3時30分 其の弐 

「くそッ!」

 やりきれなくなった衝動をあてもなく何かにぶつける。
俺は蹴り飛ばした椅子を立て直して、落ち着きを取り戻
すようにそこに座った。

 だが葵は、依然としてその冷静さを失わなかったよう
で、こちらをじっと見据えている。俺もひるむことなく
彼女を見る。視線が暫く交差した後、彼女が口を開いた。

「そこまで言うのなら、あなたには何か手があって?」

 彼女のその顔には笑みが浮かんでいるように見えた。
口元が心なしかつり上がっているようにも見えた。非常
に不愉快極まりない状態にさせられたような気がする。
だがそれは、彼女自身に理由があるわけではない。理由
はその質問。その答え。

 何か手があって? 勿論あるとも。だがそれを他人に
明かすつもりは無かった。一人で解決するつもりだった。
ここだけは他人に頼るつもりは無かった。

「……。お前はどうしてほしい……」

 意味のない会話。本質には至らない。

「あなたに聞いているのだけど?」

「……そうだな」

 彼女は俺を掴み、逃がさない。どうしてこうまでして
葵は俺を放さない? 何故ここまで俺を追い詰める? 
彼女の真意が全く分からなかった。

 だが、それを暴くためにも、「祭」を止めるためにも、
俺が生き残るためにも、きっと俺が考えている行為は必
要なことなのだ。俺を何かが黒く染め上げ支配しようと
する。それは、昼に感じたものよりも強く、俺を興奮さ
せる。そして俺を狂気へと駆り立てる。

「殺す」

 俺の中の狂気を表すには、この一言で十分だった。

 この狂気は俺の中にあったもの。これが芽生えたのは
事実を知ってからのすぐ。信司から話を聞いた直後のこ
とだった。しかし、それを誰かに平然と言うわけにもい
かない。だから三人には、俺を陥れた人物を探せ、とだ
け言っておいた。

 正直言って、俺の中に殺すという考えが出来てからは
俺の中に、他の解決方法は全く思い浮かばなかった。恐
らくそれは正しいだろう。今冷静になって考えても、俺
自身の死を回避する方法は全く持って思いつかない。殺
す必要性があるかどうかはよく分からないが。

「それは……どういう意味なの?」

 葵の声に妙な振動が入っているのが聞いてて分かった。
無理もないだろう、突然こんなことを言い出すのだから。
平静を装えといわれても難しいものだ。むしろ恐怖さえ
覚えてしまうかもしれない。

 ただ……、やはりとも言うべきか、目だけはこちらを
掴んで放さなかった。それはまるで獲物を掴んで逃がさ
ない捕食者のようでもある。俺は目で返事をした。

「そう……。本気なの?」

 今ここで本気だ、などといっても実際に俺が殺しを行
おうとした場合、どうなるかはわからない。ただ、それ
しか方法が存在しないのだ。

「わからない……。けど、それしかないと思うんだ」

 最初に教室に戻ってきた時よりも重い沈黙が圧し掛か
ってきていた。もしかしたら俺は彼女に何かもっと別の、
平和的な方法を提示して欲しいのかもしれない。俺の根
底から生み出されてくる、この殺意を止めて欲しいのか
もしれない。俺は、きっと彼女に助けを求めているのだ
ろう。そう思った。

「そうだね。紅君がそう言うのなら、そうかもしれない」

 だが、そこまでこの世界は甘いものではなかった。現
に彼女は何故か俺に賛同し、暗に殺しを助長している。

 なら、それでもいいんじゃないか? それが認められ
たのなら。これは皆の為。それを裏切ったのなら、それ
相応の責任を取らされることを、そいつは覚悟している
はずだ。

「そうか、そうだな。だったら俺は……」

 その、俺を陥れたやつを必ず見つけ出し、殺す。俺の
代わりにそいつが死ぬのだ。これが因果応報というもの。
やったことは必ず帰ってくる。

「決まりね」

 葵は笑顔を絶やさない。それは俺も同じだった。それ
が秘めている意味も、もしかしたしたら同一のものかも
しれない。

「あぁ」

「後、四日よ? 探すのはどうするつもり?」

「昨日の今日。クラスの奴等に公表してからすぐこれだ。
まだ、外部には全く漏れていない。そうだろ?」

「えぇ。まだわたし達のことは校舎内で済んでいる」

「なら決まりだ。そいつをここから炙り出してやる」

「ふふ。わたしも出来る限り手伝わせてもらうよ」

「あぁ頼む」

 聞かれたら、かなり極悪な会議をしていると思われる
だろうな。だがこれは当たり前の事だ。今まで村が行っ
てきたことに比べればこんな事は些細なことでしかない。
俺を陥れようとした奴に、団結を裏切ったらどうなるか
を、死をもって分からせてやる。手段など構うものか。
これがここでの掟、ルール、理。

 そして、今でも葵はその冷静な笑顔を絶やさない。



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