7月3日 午前8時15分  

 今日の俺は変にテンションが高く、その表情には途中
で合流した楓も微妙に驚いていたような気がする。まぁ、
その時は楓の表情を伺おうとは思わなかったわけだが、
この長い通学路を今日は俺だけやけに楽しく過ごせたよ
うだ。

 いつも楓はこんな感じなのかと想像してみると、こう
いう生き方も楽しいものだなと切に感じた。 こうなって
くると長い道のりも不思議に短く感じ、いつの間にか俺
たちは学校まで来ていた。

「ふぅ、やっと……。」

 俺が疲労の色を見せたため息をする。その年寄り臭い
行動のせいか、笑い声がかすかに聞こえた。

 こうして改めて楓とも歩いてみると、今までをずっと
過ごしてきたのだなという実感が湧く。そしてなぜだか
葵は出会ったばかりを思わせない雰囲気を漂わせている。
どちらも親しみやすい幼馴染と友達というべきか。

 葵が来てから俺は変わったような、そんな気がする。
今までのように冷めた、自分を失った目で物事を見るこ
とが少なくなった。何事も意識し捉えているような。そ
んな気分だ。いや、そうならざるを得ない状況なのか。

 だからこそ彼女を失いたくないのか。それとも彼女を
暴きたいのか。その答えは……、当分先に出すとしよう。
まずは目の前の問題から解決する。それが鉄則だ。

 俺は教室の扉を開ける。がらり、と引き戸特有の騒々
しい音。そして今まで無意識に過ごしてきた友の声――。

 しかし、教室の中は俺が入ってきた瞬間何かが、変わ
ったような気がした。

 一斉に静まり返る。そして皆が俺を見る。俺の額から
変な脂汗が出てきているのが分かった。そしてそれが、
一層妙な悪寒を駆り立てる。

 嫌な気分だ、不愉快極まりない。だが、それを露骨に
顔に出すのもまずいと思い不自然な笑顔を繕う。

 やはり何か言うべきか……? 今までの俺ならどうし
ていた? 何事も無かったように席に着いたはずだ。し
かし……それが出来ない。目の前に見えない壁があるよ
うだ。畜生。

 段々と、いや急速に怒りがこみ上げてくる。この理不
尽な待遇に。俺が何をした?

「何なんだよ。何か俺がしたかよ?」

 皆目線を俺から逸らす。静けさは変わらないままだっ
た。

 これ以上どうしようもないので黙って席に着く。腕を
組み足を組みの無愛想な格好。周りから見たら、どう思
われるだろうか? そんなことは考えもしなかった。

 葵が後ろからつついてくる。葵は小声で俺に話し始め
た。

「皆、どうしたんだろうね。昨日はあんなに協力的だっ
たのに……。」

 はっとする。もしかしたらそれが原因なのだろうか。
ならば何故? 葵の言ったとおり昨日の反応からは到底
予測できない待遇を俺は受けている。

「分からない……。でも、何か嫌な予感しかしない。」

 率直な意見を葵に述べた。葵にはあまり嘘をはきたく
なかったからだ。出来るだけ思ったことをそのまま伝え
たかった。すると、楓がこちらに来る。

「紅も感じた……? 何かさ、変だよ……。」

「そんなこと分かってる。」

 つい自分の中の不快感が外に出てしまう。だが楓はこ
れといって不快な様子を見せたわけでもなく、表情は曇
らなかった。

「誰かに何か聞いた方がいいんじゃない? なんかマズ
いよ。」

 それには同感だった。理由が分からない以上、解決困
難なものに思える。情報収集は必要だ。

「そうだな……。誰にしようか……。」

 聞くというのもこの状況では気が引けるが、そんな悠
長なことを言える状況でないことは分かっていた。俺は、
昨日友好的だった九条に理由を聞いてみることにした。

 だが、彼も皆と同じで俺に目を向けようとはしない。
何か忌み嫌っているようでもあった。

「九条……何か知らないか?」

「何って、何さ……。」

 ぶっきらぼうな答えにムッと来る。だがそこは抑えな
ければならない。この交渉において俺はかなり不利な立
場にあるのだ。心を落ち着けてもう一度。

「何かさ、俺の感じ悪いみたいじゃん? だから何か知
らないかなって……。俺心当たり無いんだよ。」

 しばしの沈黙があった。彼から漂う雰囲気は言葉を選
ぶような感じ。そして……周りからの視線!?

 ばっと、後ろを振り向き周りを確認する。しかし、皆、
俺と九条のことなど気にも留めていないようだった。皆、
自由に好き勝手している。気のせいだったのか?

「そんなの俺に聞かれても分かんないよ……!」

 そう言って、彼は素早く席を立ち教室を後にした。そ
れと同時に俺が感じていた周りからの視線も消える。や
はり気のせいではなかったかのように思える。

 もし彼らが俺を見ていたのならそれは即ち、俺を監視
しているということに繋がっているような気がした。だ
がそれは考えすぎか? そもそも何の理由があるという
のだ?

 周りへの不信感が募っていく。昨日までは皆を信じて
いたのに、その絆が一晩で崩れていっていたのが分かっ
た。



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