7月4日 午後5時30分 其の弐 

 一体何回くらい話が逸れただろう。まだ本題の頭にす
ら入っていない。

「あぁ、とっとと話を済ましてくれないか?」

「うん。でも……さっきも言ったけど、紅が最終的には
どうやって自分を救出するか聞かせて欲しいんだよ」

「どうしてそれが必要なんだよ?」

 こんなこと人に簡単に話せる事ではない。ちゃんとし
た理由がなければ話せないのだ。それでも楓が譲らない
のなら俺はこの話を捨てるしかない。

「それは……」

 曖昧な返事。楓には、これに値する明確な理由があっ
て、それが話せないものなのか、それとも理由は存在し
ないのか、どちらなんだ?

「どうなんだよ?」

 いつの間にか俺が楓を問い詰める形になってしまった。
特に悪い気もしないが、悪気もなかった。

「じ、じゃあ! そっちこそ話せない理由でもあるの!?」

 不意に反論してきた楓。中々痛いところをついてくる。
こっちも、建前としての理由という事を踏まえてたとし
ても、やはり隙のあるものだ。

「そっちにちゃんとした理由がなけりゃ話せる事じゃな
いんだよ」

「それこそどうして?」

「……、そんな簡単に話せる事じゃない」

 いい加減折れてくれよ。段々楓の異常なまでのしつこ
さに苛立ってくる。

「昨日――、全部考えてあるって言ったよね」

「あぁ……」

「それは嘘だったの?」

「何だと?」

 立ち上がり、怒鳴りたくなった。激情に任せて動きた
くもなった。しかし、理性でそれを押さえ込める。今は
そういう時ではない。落ち着くんだ。衝動で行動しては
いけない。

「嘘じゃなかったら話してよ。紅が考えてる事」

 大した奴だ。人をここまで窮地に追い込むとは。ここ
までしつこいとなればそれなりの覚悟があるのだろう。
楓は絶対に折れる気がなさそうだ。

 それによく考えてみれば、この中で話が収まるのなら
話したってそこまで支障は無い筈だ。今は早急性を求め
たい。仕方がないか。

「わかった、わかったよ」

「話してくれるの?」

「あぁ。ただ……」

「分かってる。秘密にしておくよ」

 俺が最も心配していたのはそれだ。情報の機密性が大
切なのは、今回の件でよく思い知らされた。

 そして、俺が最も期待しているのは楓が俺の策とは別
の策を考えてくれる事だ。わざわざ人殺しなんてしたく
もない。

「俺がこれから話す事はあくまでも一つの方法だ。だか
らお前に何か考えがあるのならそれも聞かせて欲しい」

 楓の顔が暗くなる。

「それも分かってる。それでも……紅の役に立てるかは
分からないよ?」

「ん……」

 それでもいい。気休め程度のものだ。殺人を望んでは
いないが覚悟は決めてある。もはや綺麗事で済ませられ
る状況ではないのだ。

「俺は……。俺が助かるためには、そいつを身代わりに
してでも助からなければならないと思ってる」

 お互いに言いたい事は分かっているはずなのに、不思
議と遠回りな言い方をしてしまう自分が情けなかった。

「それって、やっぱり……」

 楓も自ら核心を突こうとはしない。今更なのだが、俺
はそのじれったさを疎ましく思う事はなかった。昔の感
情は一時的なものらしかった。それでよかった。この状
況で仲間割れなどしたくもない。

「あぁ。究極、俺が殺さなければならないとも思ってる」



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