7月4日 午後5時30分 其の参 

「やっぱりそうだよね……」

 悲しげな表情だった。見ているのが辛かった。その表
情は全てを悟ったような顔つきでもあり、それが俺をさ
らに締め付けた。

 そしてそれを形にして伝えるかのように口を開く。

「やっぱり私は紅の役には立てそうにないよ……」

「それでも構わない。もう、手を汚さずに生き残れると
は思っちゃいない」

 現時点で分類するなら嘘を言ったつもりは無かった。
しかしこれから先、その決心が揺るぐ事になるかもしれ
ないという事は十分承知していた。

「紅がそこまで言ったんだから、あたしも黙ってるわけ
にはいかないよね」

 今さっきまでの陰鬱さを、吹き飛ばすのを目的とした
ような声音で楓が言った。

「分かってるなら早くしてもらいたいもんだな。こっち
だって暇じゃないのに」

「あ、そうだったね。ごめん」

 ようやくここに来た意味が果たされる。何分ここに留
まっていたのだろう。数えてみたら数えた事を後悔する
だろうか。

「昨日、私は九条を疑っているって話したよね」

 昨日の電話の事だ。その電話から寝るまでは特に何も
していなかった。だから印象強く覚えている。

「あぁ。そうだったな」

 そしてこの話の切り出し方。もはや何を言い出したい
かは分かった。だからここは、先を急かそう。

「その事なんだけど……」

「誰が怪しいと思えてきたんだ?」

 一瞬驚いたような表情。しかし、すぐにそれは失せ、
暗く重い顔へと移り変わる。話し辛い内容なのだろう。
それも当たり前か。皆、短い一時ではあったが、秘密を
分かち合う仲間だった。しかし、それを少しでも疑わな
ければならない状況というのはあまりにも辛い。俺にと
っても、楓にとっても。だからここは、あまり急かすべ
きではないと思った。

「話し辛いなら待っててやる。それを無駄な時間とは思
わないから」

「あ、あのさ。だったら先に確認してもいいかな?」

「何だ?」

「これを聞いても、紅は冷静でいられるの……?」

 よくは分からないが違和感があった。それは楓の言動
や、ましてや俺の精神状態から来るものではない。この
空間、いや状況に何かを感じ取ったのだ。

 前に体験した事のある状況だった。

「……何を、心配してるんだ」

 強がってみた。楓が俺に伝えようとしている事は分か
り切っている。恐らく、楓は信司から俺の話を聞いたの
だろう。でなければ、二人もピンポイントで俺を心配で
きる理由がない。

「そう言うなら、紅を信じるよ。もう時間は残されてな
いからね」

 楓も決心がついたようだった。俺もこの前のような無
様な姿は見せられない。今はたとえ何を言おうとも憶測
に過ぎない。しかし、それが現実になる可能性も考えて
おかなければならない。

 もはや、後戻りは出来ない、綺麗事は言っていられな
い、誰を選ぶか決めなければならない。そんなこと、分
かりきってはいるけれど。

「頼む」

 今はまだ、仲間を殺さなければならないという現実に
は耐えられそうになかった。



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