7月4日 午前7時00分 

 昨日までのことのせいで、寝つきが悪くなっているの
もあったためか、既に俺は朝の準備を済ましていた。本
来なら睡眠時間が減り、むしろいつもより寝てしまうの
が正しいのだけれど、俺はそうではないらしい。いつも
と変わらない目覚めだった。

 さて、何故俺がこんな、いつもより早い時間に全て済
ましているのかというと、誰もが想像できる通り、学校
に早く行くためであるからだ。

 この行為に意味があるのかどうかはわからない。それ
を決めるのはこれからの俺の行動だ。それに、睡眠とい
う何もしないことで時間を過ごすのが、たまらなく不安
になってしまった、ということもある。恐らく、俺は焦
り始めいるのだろう。このまま惰性的に時間を過ごせば、
たった三日で俺が殺されてしまうことに。

 しかし、それを拒むには今まで信じていたものたちを、
疑わなければならないことにも。不意打ちだ。こんなこ
とになるとは考えてもいなかった。

 意識を真っ白にして考え直す。今更後悔しても無駄だ。
今は、前に進むことだけを考えなければならない。それ
を確かめるかのように、俺は朝のまぶしい光の中へと足
を踏み入れた。



 今までと何ら変わることのない道。そうだったのは、
もう三日も前のことだ。いや、たった三日前か。たった
三日。たったそれだけの期間で、俺の生活は大きく様変
わりした。傍から見れば、大して変わっていないといえ
るだろう。だが、目には見えないところで、それは大き
く変わってきているのだ。

 例えば、この道もそうだ。雰囲気が今までとは全く違
う。今まで感じることもなかったこの村の排他的な要素。
それを村の裏切り者となった今、ようやく感じることが
できたのだ。

 包まれていたから感じなかったのか。囲まれていたか
ら感じなかったのか。この狂気を。きっとそうに違いな
い。こうして村から必要のない存在とされた今、俺はよ
うやく分かったのだ。

「馬鹿が……」

 自分自身に、吐き捨てるように言ってみた。こんなこ
と言ってみたところで、何も変わりはしないのに。

 そういえば、昨日。楓は何故わざわざあの程度のこと
で電話を掛けてきたのだろう。誰でもいくらでも誰かを
疑うことは出来る。それだからこそ、確証がなければ意
味がないのだ。誰でも疑うことのできる今の俺には、様
々な憶測が浮かぶ。

 楓が九条を陥れようとしているのか? あり得ない。
楓に何も後ろめたいことがなければ。後ろめたいこと。
それは――。やめよう。やめておこう。こんなことを考
えるのはやめておこう。

 勝手な疑いや憶測は、考えの正確さを鈍らせる。目の
前の真実だけを選り分けて考えなければ答えは生まれな
い。ふぅ、と深いため息をして自分の中の無駄な考えを
吐き出す。必要のない思考は排他する。

 まぁ、なんにせよ長い道のりだ。歩くには不釣合いな
距離。いつ学校に着くのだろう。毎日こんな距離をよく
気にもせずに歩いていたものだ。我ながら感心だ。

 この時間で学校に着いたら誰がいるのだろう。昨日ま
での時間では、俺が最後に教室に入るような感じだった。
なら、後から教室に入る生徒を見るのはちょっと新鮮か
もしれない。もしかしたら一番乗りかもしれない。それ
はそれで面白い。突然学校が楽しみになってくる。恐ら
く、こうでもしないともたないのだろうな。自分のこと
なのにそれがよく分かっていないのが悔しいが。

 構うものか。今の俺の表情を、昨日の俺を知っている
誰が想像できただろう? 俺は今までにしたことのない
ような、自然な笑顔で、一歩一歩村の土を踏みしめてい
った。



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