7月4日 午前10時50分 

 この時間は午前中の授業全体の時間を見ても、この時
限だけの授業の時間を見ても、大体半分くらいを位置す
る時間だ。後半分くらいでこの授業は終わり、後半分く
らいで昼休みに移る。しかし半分という時間は意外に長
く感じるものだ。さらに退屈な授業との相乗効果もあっ
てか、俺には眠気しか訪れない。だが、眠るには惜しい
時間だ。何かすべきことを……。そうだ、そういえば。

「そういえば、葵」

 後ろを振り向きざまに葵に声をかける。彼女から見れ
ば唐突だろう。何かが豆鉄砲でも食らったような顔をし
ている。

「え? 何?」

「いやさ、朝のことが気になってさ」

 朝のことといえば、他の生徒達が来てしまったために
有耶無耶になってしまった、葵の登校時間のことだ。何
故かそれは無性に気になっていたし、今は退屈な時間で
あったから再度聞いてみた。だからといって、自分のこ
とをしつこいとは思わなかった。

「そんなに気になるの?」

 葵はくすくすと笑いこちらを見直した。少し引け目を
感じる。しかしこの程度で折れてたまるか。

「だってよ、おかしいと思わねぇか?」

「じゃあ、紅君は何時に家を出たの?」

 家で最後に見た時計の針の位置を思い出す。それは丁
度の時刻だったような気がする。

「確か、七時ごろかな」

「七時ならまだわたしは出発してないけど?」

 やはり出発はしていなかったらしい。隣に家があると
いうのは便利なものがある。だがこうなってくるとまた
問題が発生してくる。

「じゃあ、どうしてお前のほうが俺より早く学校に着い
たんだ? 俺を追い抜いたわけでもなく」

 そう、こうした新たに物理的な問題が発生してくるの
だ。まさしくこれが、謎が謎を呼ぶという事だろう。い
や、謎は一つ解決したが。

「ふふ。今日別の道を発見したの」

 別の道? 思わず声を出して聞いてしまう。周りに聞
こえてしまったかと、はっとするものの、その必要もな
かったようだ。ほっと胸を撫で下ろす。

「そう。都会とは違ってやっぱりこういうところは面白
いね」

 屈託のない笑みが俺を射止めた。俺はどんな顔をして
いたのだろう。暫く彼女を見つめていた。

 だが別の道という所に疑問を感じる。そんな道、俺の
家の周りにあっただろうか。あまり俺は決まった道をそ
れないから知らないのだろうか。それはそれで恥ずかし
い事実だ。隠しておこう。しかし、あったとしても俺よ
り早くなど学校に着けるのだろうか。だがもはや、ここ
まで分かったのだからもうどうでもいいか。

「そうか。そりゃよかったな」

 葵は依然としてくすくすと笑っている。俺は前に姿勢
を正し退屈な授業にまた立ち向かう。

 どうしてここまでこんな下らないことに執着したのだ
ろう。葵のことだからだろうか。自分でもよく分からな
い。そのうち自分のこと自体まで分からなくなりそうだ。
そうして自分でも自分が何をしでかすか分からなくなり、
果てには自分自身を滅ぼす。まぁ作り話には丁度いいか
もしれないな。

 どうして俺はここまで呑気に構えていられるのだろう。
怠惰は俺を死に誘い、抗いは俺を殺戮に導くのというの
に。しかし、それはどちらに転んでも何かしらの悲劇を
招くだろう。

 これは自信だろうか。根拠の存在しない不思議な自信。
それが逆に俺を破滅に導くのなら世話ないな。



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